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「私も、そのつもりでおりまする」
「お濃殿」
「必ず…、必ずここへ、義母上様や胡蝶の待つ安土へ戻って参りまする」
端然とづく濃姫の姿を、報春院はを込めて見つめているのだった。
一方、高松城攻略中の秀吉の援護を命じられた光秀は、五月二十六日に居城のある坂本を発ち、
備中出陣の仕度を整えるべく、同日の内に丹波にある亀山城へ入った。
翌 二十七日には京の神社に参詣し、戦勝祈願をすると共に、一夜参籠した。
この折に、光秀は神前へ参って、を引いている。
しかし、引きが悪かったのか
「……凶…。…ならぬ! かような時に凶など!」
と、再び御神籤を引き直した。
ところが、出たのはまたも凶である。
「何故 凶が出る!? …大吉じゃ、大吉よ出るのじゃ!」
光秀は焦り顔になって、その後も二度、三度と御神籤を引き直したという。
その様子を側で見ていた家臣のや藤田は
『 いつもは素直に出を受け入れられる殿が、何とお珍しい… 』
『 余程 此度の戦に特別な思いがあるのであろう 』
不審に思いながらも、出陣前で気がっている故であろうと思っていた。
──翌二十八日。
光秀は西坊にて、を始め、威徳院の住職・、
その他 幾人かの僧侶や家臣、連歌師たちを招いて、「連歌会」をした。
連歌とは、形態の一つであり、短歌の上の句と下の句を、複数の人々が分けてみ連ねてゆく余興である。
連歌を興行して戦勝を祈願することは、この時代の習いでもあった。
「さすれば、発句は光秀様から──」
された光秀は、「はい…」と頷いて筆を取ると、どこか思い詰めたような、
実にとした面持ちで、開け放たれたの向こうに見える中庭に目をやった。公司秘書服務| 為企業提供可靠專業意見| easyCorp公司易
この日は朝から小雨が降っており、絹糸のように細い雨が、庭石や草木をしっとりと濡らしている。
眺める内、光秀は軽く双眼を見開くと、手にしていた短冊の上にすらすらと筆を走らせた。
やがて光秀が筆を置くと
「出来ましたでしょうか?」
「……ええ」
「では上の句を」
紹巴はゆったりと頭を垂れた。
光秀は、書いた短冊の文字を改めて見やると、深い呼吸を繰り返した、ひと息に読み上げた。
「 “ ときは今 あめが下知る ” 」
一同の間から「ほぉ…」と嘆賞の息が漏れる。
その光秀の句を、西坊行祐が受けて
「 “ まさる 庭のまつ山 (夏山) ” 」
とみ、続けて紹巴が
「 “ 花落つる 流れの末を せき止めて ” 」
と詠んで、次へ繋げた。
つまり『 今、時はの降りしきる五月である 』と詠んだ光秀に対して、
行祐が『 川上の水の音が高く聞こえる庭には、松山(夏山)が見える 』 と詠み、
紹巴が『 水の流れをせき止めるように花が多く散る 』
と続けたという事であるが…。
「──光秀様、先程のお歌はどういう意味にございましょうや!?」
連歌会の後、紹巴はひと気のない回廊で光秀に
光秀は紹巴をみて、軽く首をける。
「はて、何のお話にございましょうか?」
「お